建設現場で施工に従事する方は、常に危険と隣り合わせといっても過言ではないでしょう。業務中にヒヤリとした経験、ハッとした経験を共有し合うことは、建設現場で起こり得る事故を未然に防ぐことに役立ちます。
建設現場で起こった危険な事例をまとめたものとして、「ヒヤリハット報告書」があります。ヒヤリハットの事例を事故防止につなげるには、ヒヤリハット報告書を適切に分析し、周知する必要があります。今回は、ヒヤリハット報告の目的と重要性、ヒヤリハット報告書の記入方法について解説します。
■ヒヤリハット報告書の目的と重要性
ヒヤリハットの基礎知識を踏まえ、報告書の目的と重要性について見ていきましょう。
◇ヒヤリハットとは?
ヒヤリハットとは、ケガや事故につながる危険なことが起きたものの、幸い事故や災害に至らなかった事例のことです。建設業労働災害防止協会の実態調査によると、「全体の58.2%がヒヤリハットを経験した」という回答があります。
実は、1件の重大な事故の裏側に、「29件の軽微な事故・300件のヒヤリハット」があるといわれています。労働災害を統計学的に調査したハインリッヒが提唱したもので、その名前から「ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)」として広く知られています。
建設業における、代表的なヒヤリハットの事例は以下のものが挙げられます。
・ 枠組み足場の作業床で転倒しそうになった
・ 足場板のツメが破損し、板が傾いて転落しそうになった
・ 移動式クレーンの積荷が桁上の作業者に接触し、転落しそうになった
・ クレーンのワイヤーが切断され、鋼材が落下した
・ 移動式クレーンの荷卸し作業中、アウトリガーフロートが地面に沈下した
これらはほんの一部の事例であり、命を落としかねないヒヤリハットの事例がいくつも建設現場で起きているのです。
◇ヒヤリハット報告書の目的は労働災害防止
ヒヤリハット報告書を作成する目的は、労働災害を未然に防ぐこと、ヒヤリハットの再発防止です。
ヒヤリハットを収集・活用することで、事故が起きないように適切な安全対策を講じることが可能になります。そして、ヒヤリハットを全員で共有することで、安全に作業を行なう意識が高まり、より安全な職場作りに役立ちます。また、ヒヤリハットが起きる危険性のある、現場の設備や環境の問題も解決しやすくなります。
ただし、ヒヤリハットの事例を収集するのは一筋縄ではいきません。ヒヤリハットを体験した本人の問題意識が低いと報告を面倒に感じて報告しない、指摘や評価が下がることを恐れて報告しないということもあるようです。ヒヤリハット事例を収集するためには、ヒヤリハットを報告しやすい職場の雰囲気作りや、報告したほうが有利になる制度作りなど、報告書を提出するシステム作りが求められます。
◇ヒヤリハット報告書は分析が重要
これまでに起こった事例を単に収集するだけでは、ヒヤリハットはなかなか減りません。労働災害や事故を未然に防ぐには、ヒヤリハットの分析と周知が必要です。
分析とは、ヒヤリハットが起きた根本的な原因を追究することです。例えば、ヒヤリハットが起きた原因を「ぼんやりしていた」と結論づけた場合、再発防止策は「注意する」という曖昧なものになります。
そもそも、ヒヤリハットはきちんと注意を払えば防げることで、根本的な原因をはっきりさせない限り、再発防止の有効な対策を立てられないのです。建設業の場合、機械や施設の問題、睡眠や心身の疲労がヒヤリハットのおもな原因とされています。報告に上がったヒヤリハットがこれらに該当するか、真相を分析しましょう。
ただし、ヒヤリハットを分析して対策を考えたとしても、その情報を知らなければヒヤリハットを防止することはできません。ヒヤリハットを分析し、具体的な対策を立てたあとは、朝礼や掲示などで周知することが重要です。
■【建設業】ヒヤリハット報告書の書き方
ヒヤリハット報告書は、建設業をはじめ、医療、看護、介護、保育の分野でも用いられています。ここでは建設業にフォーカスを当て、ヒヤリハット報告書に書く内容と、建設業のヒヤリハット事例をもとに記入例を紹介します。
◇ヒヤリハット報告書の基本項目
ヒヤリハット報告書には、発生した日時、場所、作業内容、ヒヤリハットの状況を詳細に記載しましょう。「いつ・どこで・何をしたときに・どのようなヒヤリハットが起きたか?」、とイメージするとわかりやすいはずです。
時間まで記入する理由は、陽が傾く夕方頃にヒヤリハットが起きた場合、足元や周囲が見えにくいという原因の分析に役立つためです。注意力散漫でヒヤリハットが起きやすい疲労感や眠気といった、当時の心身の状況も記載しましょう。そして作業内容を書く際は、「クレーンによる資材運搬中、脚立で塗装しているとき、足場の作業床の作業中」といったように詳しく書くことがポイントです。
最も重要なのは、それに至るまでの状況を報告書に克明に記載することです。「○○の作業中にヒヤリハットのきっかけが起き、○○になりそうになった」、という流れで書きましょう。
◇ヒヤリハットの原因や予防策も記載する
ヒヤリハットが起きた原因と、事故に発展した場合に想定される最悪の事態も記載します。原因の追究と分析は管理者が行なうため、ここでは「ヒヤリハットの当事者」の考えを書くのが重要なポイントです。
ヒヤリハット報告書を書くために当時を振り返ることで、自分の不注意だったのか、手順に間違いはなかったか、現場の環境や設備に問題はなかったか、といった原因を浮き彫りにします。
ヒヤリハットで済まなかった場合、どのような最悪の事態になったかを考え、潜在的なリスクを洗い出すことも必要です。例えば、転倒しそうになった際、手に荷物を持っていた場合、周りに人がいた場合など、状況によって事故のリスクが異なります。いわゆる「想定ヒヤリ」を考えることで、危険な箇所を探し出す訓練である「KYT(危険予知訓練)」や、作業前に起こり得る災害の対策を施す「KYK(危険予知活動)」の実施につながります。
すなわち、振り返りの作業と最悪の事態を想定することで、個々の労働災害に対する意識が高まり、労働災害防止につながるのです。
また、ヒヤリハットの予防策と、労働災害防止につながる要望も記載しましょう。不注意でヒヤリハットが起きた場合、どう対処したら安全性が高まるかを考えます。足場が不安定、照明が暗く見えにくいといった環境や設備が問題の場合は、要望を環境改善に反映させることが大切です。
◇ヒヤリハット報告書の記入例
上記の内容を踏まえ、建設業におけるヒヤリハット報告書の記入例を紹介します。
ヒヤリハット報告書 | |||||
所属・氏名 | △△ 所属 | 氏名:○○ ○○ | |||
発生日時 | 令和2年12月1日(火曜日) | 15時30分頃 | |||
どこで | 枠組み足場 | どうしていたとき | 足場上を移動していたとき | ||
ヒヤリハットのしたときのあらまし | 建設現場で作業床の上を移動していたとき、結束の番線につまずいた。しかし、とっさに足場の筋交いにつかまったため、転倒しないで済んだ。 | ||||
どのような問題(不安な状態または行動)がありましたか? 【問題があった項目欄に、そのときの状態と考えられる対策を記入してください】 |
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作業環境の問題 | 設備機器の問題 | 作業方法の問題 | |||
番線で固定したわずかな段差につまずいた。 | |||||
今後の対策(こうしてほしい) 足場は段差がないように組み立ててほしい。 |
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あなた自身の問題(不安全な行動など) 作業床を移動する際は、足元のに注意する。 また、番線や紐など、つまずきやすいものを放置しないようにする。 |
■まとめ
転倒や転落、ケガなどのリスクが高い建設現場では、再発防止と労働災害防止に役立てるため、ヒヤリハットの収集が必要です。ヒヤリハット報告書をもとに原因を分析し、関係者全員に周知することが安全な現場作りにつながります。
また、ヒヤリハット報告書の作成にあたり、当事者が当時を振り返って原因を追究し、最悪の事態を想定した今後の対応や改善策などを考えることがポイントです。労働災害に対する意識を高める効果が期待できるため、より安全な環境作りに役立つでしょう。